あなたは、どうして今のお仕事をしていますか。
そう聞かれて、迷わず答えられる人は、案外少ないかもしれません。
先日、教員採用試験を目指すある受講生さんのレッスンで、忘れられない瞬間がありました。9回目のレッスン。いつものように発声練習から始まったその日、彼は初めて目を潤ませたのです。
今日は、声を届ける練習を4か月続けてきた中で見えてきた、ある小さな変化についてお話しします。
きちんと答えられるのに心が見えなかった
4か月前、彼は一見さわやかで明るい、優等生タイプの人でした。何を聞いても、きちんと答えてくれます。ただ、その受け答えは、どこか表面的でした。
教員採用試験に向けて、まずは発声トレーニングから始めました。けれど本当の課題は、声の大きさではありませんでした。自分の感情をキャッチすることだったのです。
何事も前向きに変換できる人だからこそ、本当の気持ちがすり抜けてしまう。感情を振り返ることが、彼にとって一番苦手なことでした。
腹式呼吸を覚え、声を出す感覚をつかんでいくうちに、少しずつ変化が起きました。臨時教員として現場に立つ日、子どもたちへの「おはよう」の挨拶に、いつもと違う反応が返ってきたそうです。
「声ってエネルギーなんですね。伝染するんだと初めて思いました」
そう話してくれた彼は、声で毎日が変わるという確かな手応えを得ていました。でも、心まで変わっていくとは、本人もこの時はまだ思っていなかったはずです。
頑張り屋ほど何かを置き去りにしている
レッスンを重ねる中で、少しずつ見えてきたことがあります。彼は人のせいにせず、愚痴もこぼしません。けれど、その分だけ、嬉しかったことさえ自分の中で流してしまっていたのです。
頑張り屋さんや、前向きな人ほど、実はこの傾向があります。できたことも、辛かったことも、大きな感情になる前に、自分の中でならして前に進めてしまうのです。けれど、その流してしまった感情の中にこそ、本当はどうしたいのかのヒントが詰まっています。なかったことにしてはいけません。とはいえ、本人はなかなか気づけないものです。忘れてしまったり、認めきれなかったりするからです。
だから、聴くことです。忘れていたものや、見落としていたものを、対話の中で少しずつ引き出していきます。言葉にして、整理して、時には同じ問いを繰り返します。それが、レッスンでの私の役割だと思っています。
だから、面接トレーニングに入る前に、まずは感情を振り返る習慣をつけることから始めました。声で心をゆるめながら、対話の中で感情を毎回振り返っていく。レッスンの外でも、その日あった嬉しかったことと、しんどかったことを、それぞれ一行だけ書いて送ってもらう。そんな宿題を続けました。
一つ一つのレッスンで、できたことの理由や、その時の気持ちを尋ねていきました。「なぜそれができたと思いますか」「その時、どう感じましたか」。問いかけるたび、少しずつ言葉が増えていきました。
過去の失敗も、実績も、少しずつ言葉になって出てくるようになりました。声だけでなく、心の中にあったものが、ゆっくりと形を持ち始めていたのです。
声とともにあふれた涙の理由
そして迎えた9回目のレッスン。彼は初めて、目を潤ませました。声のトーンが変わり、ハキハキとした力強い響きになっていました。
「自分が本当は何をやりたいのか、初めてはっきりわかりました」
彼はそう言いました。教室運営がうまくいかなかった記憶が、ずっと苦いまま心のどこかに残っていたこと。子どもたちや先生からもらった手紙を、実はまだ読めていなかったこと。自分でも気づいていなかった痛みが、初めて言葉になった瞬間でした。
もっと、子どもたち一人一人と向き合いたい。それが、彼が本当にやりたかったことでした。
対話を重ねる中で見えてきたのは、どんな仕事に就いても変わらない「自分軸」でした。本当にやりたいこと、自分が大切にしていること。仕事は、自分らしく生きるための手段でしかありません。けれど彼の中では、いつの間にか「教師になること」自体が目的になっていました。
どこかで、「教師とはこうあるべき」という理想像に、自分をはめ込もうとしていたのだと思います。自分らしさを押し殺してでも、その姿に近づこうとしていました。だから、苦しかったのだと思います。
信頼は向き合った後についてくる
「今までは、自分のために子どもたちをコントロールしようとしていました。子どものためだと思っていたけれど、本当は教室を丸く収めたいだけだったんです」
そう振り返った彼は、続けてこう話してくれました。信頼は、得ようとするものではない。一人一人と向き合った、そのあとについてくるものだと。
態度の悪かった子がいたそうです。1年一緒に過ごしたのに、サッカーが好きということしか知らなかった。そのことに、9回目にしてようやく気づいたのだと言います。
前は「教室をうまくやらなきゃ」という気持ちが先に立って、教室に向かうことさえ面倒に感じてしまうこともあったそうです。でも今は違います。心から「教室に行きたい」、そう思えるようになりました。
小さな出来事をなかったことにしない
彼の変化を見ていて、あらためて思うことがあります。声を届ける力を育てることは、結局のところ、自分の中にある軸を見つける時間そのものだということです。
面接も、資格試験も、仕事選びも。すべては、人生の通過点でしかありません。ゴールではなく、あくまで手段です。
だからこそ、日々の小さな出来事や感情を、なかったことにしないでください。今日あった嬉しかったこと、しんどかったこと。その一つ一つを、きちんと認めてあげること。それが、本当に心が望む未来につながっていきます。
声は、あなたの内側にあるものを外へ連れ出してくれます。そして、外へ出た声は、思いがけないところで、誰かの心に届いていきます。
これからも、声のcampusでは、一人一人が自分らしく輝く瞬間に、丁寧に寄り添っていきたいと思います。
あなたの声にも、まだ見ぬ物語が眠っているかもしれません。
声のcampus代表。発声・感情・ストーリー構成を軸に「伝える力」を育てる。声に出して伝える人間にしかない力と、AIを使って文字で伝える力。この二軸で、一人ひとりが自分らしく輝き、自ら走り出す人と組織を育てる。声を通して愛情と感謝が循環し、人と人とがつながり助け合う、やさしい世界をつくる。それがわたしの使命。あなたの心の声には、あなたにしか出せない力が必ずある。その声を、ここで一緒に解き放つ。