「私たち、毎日大きい声を出すので、喉を潰してしまうんです。中には、喉にポリープができる人も珍しくないんですよ。」
7月25日、保育園でお会いした保育士さんが、そう話してくれました。午前は保育園で保育士さん向けに、午後は保育士を目指す学生が通う専門学校で、レッスンを担当した日のことです。現役の保育士さんを前にするのは、実は初めてのことでした。
保育士が抱えている声の不安
そう聞いたとき、胸がぎゅっとなりました。それほどまでに毎日必死で、子どもたちと向き合っているんだ。かっこいいな。
だからこそ、喉に不安や不調を抱えることなく、声を出すことをただ楽しんでほしいと思いました。
午後、専門学校には希望を募って集まった学生が15人ほどいました。私はその朝聞いたばかりの話を、そのまま学生たちに伝えました。すると、みんな驚いた顔をしたのです。まだ現場に出ていない学生たちにとって、先輩保育士が直面している現実は、想像もしていなかったことだったのだと思います。
のどを守ることは夢を守ること
声のcampusで大切にしているのは、心が変わると声が変わり、声が変わると人とのつながりが変わる、という考え方です。
でもその前に、もっと物理的な話があります。声を届け続けるには、まず声を出す体そのものを守る必要があるということです。
正しい発声を知らないまま声を張り続けると、のどに負担がかかります。逆に、体の力を抜いて、息をしっかり使って声を出す方法を知っていれば、同じ一日に何度声を出しても、のどは驚くほど楽になります。ボイストレーニングは、うまく話すための練習という以上に、これから何年も声を使い続ける人の体を守るための時間でもあるのです。
発声を整えるよさは、のどを守ることだけではありません。無理に大きな声を張り上げなくても、声はちゃんと届くようになります。のどだけに頼らず、お腹を使って声を押し出す腹圧発声が身につくと、楽に、しかも長く出し続けられる声に変わるのです。それだけでなく、相手にしっかり届き、心をつかむ『引き寄せ声』になります。
声が枯れるのは仕方のないことではなく、防げることです。これから保育士になる学生たちには、子どもたちに声をかけ続けても、のどを痛めない体の使い方を、先に知っておいてほしいと伝えました。子どもたちと楽しく不安なく向き合ってほしい。
誰にでも起こる伝える場の緊張
これは、声を仕事にする人だけの話ではありません。
人前でセミナーをするとき、プレゼンをするとき、朝礼であいさつをするとき。声量でなんとかしようとしたり、感覚だけで伝わる声を出そうとしたりすると、思い通りの声にならなかったり、のどに負担をかけて声をつぶしてしまったりします。練習をしすぎて、本番で声が出なくなってしまう人もいます。
声がうまく出なかったり、滑舌が苦手だったりすると、それだけで自信がなくなります。話す内容だけでも不安なのに、声が出るだろうか、聞こえているだろうか、伝わっているだろうかという不安まで重なると、大変です。伝えるという場面は、誰にとっても自分を表現する大切な時間です。だからこそ失敗したくないし、緊張します。うまくいかないと落ち込み、いつしか「自分は人前で話すのが苦手だ」と思い込んでしまうのです。
今日からできる声のいたわり方
もしあなたが日々、声を使う仕事をしているなら、あるいは人前で話す機会があるなら、ひとつだけ試してほしいことがあります。
声を出す前に、まず肩の力を抜いて、大きく息を吸ってみてください。のどだけで声を出そうとせず、お腹から息を押し出す感覚を意識するだけで、負担はかなり変わります。
保育士さんも、先生も、司会も、営業の電話をかける人も。声を使うすべての場面に、同じことが言えます。
人が定着する組織に必要な伝える技術
組織の中でも、同じことが起きています。
伝え方を教わらないまま、若手が人前に立たされることがあります。うまく声が出せず、伝わっているかも分からず、不安と緊張だけを抱えたまま経験を重ねていきます。そのうち「自分には向いていない」と思い込み、静かに自信を失っていくのです。それは本人の資質の問題ではなく、伝える技術を土台として渡せていなかった、というだけの話だと私は思います。
保育士さんたちに正しい発声を伝えられるように、組織でも「伝える技術」を先に渡すことができます。聴く・認める・伝える、この土台があるだけで、無理に声を張り上げなくても、自分の想いを届けられるようになります。それは、若手が疲れ果てて辞めていくことを防ぐ、心と体の健康経営にもつながる話だと思うのです。
話を聞きたいと思ってもらえた手応え
この日、教室で強く感じたことがあります。
学生たちは、義務で座っていたわけではありませんでした。希望して集まってくれた子たちだったからこそ、一言も聞き逃さないという顔で私を見ていたのです。人が本気で話を聞きたいと思ってくれる瞬間は、何度立ち会っても胸が熱くなります。
きっとこの子たちは、これから何十人もの子どもたちの声を聞き続ける人になります。だからこそ、まだ現場に立つ前のこの時間に、自信が持てる声の出し方を届けられたことが、私はうれしかったのです。声を教えることは、その人のこれからの毎日を守ることでもあるのだと、あらためて感じた一日でした。
経営者であるあなたへ。もし社内に、声を上げられないまま疲れていく人がいるとしたら、足りなかったのは根性ではなく、伝える技術だったのかもしれません。声を出す技術を先に渡すことは、若手が長く安心して働き続けられる土台をつくることでもあります。
次は、経営者60人を前にした司会の話をお届けします。
声のcampus代表。想いを届ける司会・ナレーション、対話で人と組織をつなぐ企業研修・ファシリテーションを軸に、ラジオパーソナリティ、大学非常勤講師、経営者インタビューメディア「コントリ」インタビュアーとしても活動中。ビジョンは「声の力で、誰もが自分らしくいきいき輝いて働く社会の実現」。人が定着する組織に必要なのは「理念の浸透」と「相互理解」。そのために必要なのが、聴く・認める・伝えるという”対話の文化”。一人ひとりが主体的に力を発揮し、互いに認め合い助け合える、強く持続的な組織をつくる。すべては、声から始まる。